柳ヶ瀬情話 〜第九話〜

 当店のお客様に、趣味で小説を書いてる方がいまして

三十数年柳ヶ瀬を飲み歩き、去年停年退職し

「小説書いたから読んで〜」と 時々持ってこられ

当人の了解を得て、ここに掲載させてもらいます。

 なお、あくまでフィクションですので、実在の個人名、会社名

団体、グループ名 等、一切関係ありません。



 柳ヶ瀬情話 第九話   著 関長下府生
  〜フック船長〜
  


岐阜の飲み屋街、路地裏にSnack「MATMAT」が
ひっそりとたたずむ。
夕方五時ネオンもボンヤリ。


カラァ〜ンとカウベルが鳴り、
長身、三〇代後半の男性が静かに入って来た。
「あっ、船長、いらっしゃい。」


「MATMAT」には、珍しいタイプのお客様だ。
長身に肩まである長髪、派手なTシャツに
擦り切れた革のジャケット、でっかいバックルに
ところどころ破れたGパン。
クロム・ハーツ?かな、太い鎖のネックレス、
ドクロの指輪、銀のブレスレット、
反対の腕には革のリストバンド。


マスター梅林は注文を聞かずに、
ロックグラスをコトリと置き、
WILD TURKEYのストレート。
船長は何も言わず、グラスを口に、
彼は三杯飲まないと喋れないのだ。


 船長を「MATMAT」に連れてきたのは、
奥さんの素乃ちゃんだ。化粧っけもない銀行員。
二人の出会いは、船長がまだロックシンガーだったころ
ライブ後、居酒屋での打ち上げ、
隣の席にいたのが、素乃ちゃんと葉子先輩。
すごいなりをした、七〜八人音楽関係者とメンバー。


最初は怖かったわヨ〜と葉子先輩。ところが
彼らの席に大盛りの海老チリが運ばれて来た時、
普段 知らない人とは、喋れない素乃ちゃんが
「おいしそう」と ポロリ。
「やめなさい!素乃!」と、小声で 葉子先輩。


「どうぞ」と 海老チリの皿を差し出したのが
バンドのリーダーNOBU、今の(船長)だった。
これに、びっくりしたのが、バンドメンバーだった。
寡黙で人見知り、酒に酔うまではメンバーですら
「あぁー」と、返事をするだけのリーダーNOBUが、
自分から女の子に声をかけた。
「NOBU、酔ってないよな。」
「今お疲れの乾杯したばかり…。」
「だよなー…。」


ビックリはまだ続く。
「よかったら、こちらのテーブルに来ませんか?」
「アッ、はい♡」
グラスを持ってNOBUの隣に、
チョコンと座った。
「素乃、なんか変だよ。」
いつもなら、男の人が見つめるだけで、
顔真っ赤にしてうつむいてるのに。
葉子先輩、ブツブツ言いながらも
パーカッション担当SIGERUの横に座った。
「NOBUも変だよな。」
みんながうなずくが、
二人はどこ吹く風だ。
その上、バーボンで乾杯しようかだって。
「すみません、WILDO TURKEY 置いてないです」
店員が申し訳なさそうに答える。
「素乃、MATMATにご案内したら。
バーボンだったら4〜5本あるよ。」
「で、でも〜」
ジャーマネ・アキラが、
「ここの勘定終わったら、我々もすぐ行きますから」


 マスター梅林は内心驚いていた。
銀行員の素乃ちゃんが、ハデハデ長髪と。
「彼ね、ハードロックバンドFUKKUのリーダーNOBUさん。」
「FUKKUのリーダー・・・
  じゃぁーフック船長だ。」
「ヤダー、ぴったり。」みんなが笑い、
店とお客様が、打ち解けた瞬間だ。


「うちはドサバンのビンバンですから」
ドサバン?ビンバン?・・・何それ。
「どさ周りバンドの貧乏バンドのことですよ。
全国のライブハウス回ってます。」
ほろ酔い加減の船長は、じょう舌になる。
年間二百本以上回ること、
睡眠は、機材、楽器を積んだ移動バスか、
楽屋にザコ寝すること。
でも、いつかは武道館で単独ライブ。
無理かなと言いながらも、目が光っていた。
素乃ちゃんは、船長の横顔をニコニコと見ている。


この日、葉子先輩もメンバーも来なかった。
そう、同じ日船長も素乃ちゃんの実家に
転がり込み、同棲生活が始まるのである。
船長が家に帰ってくるのは、月に2〜3日、
全国のライブハウスを飛び回っているから
それでも素乃ちゃんは幸せな気持ちでいた。
銀行が休みの土曜、日曜日は応援に行き、
楽屋でみんなと雑魚寝もした。


 この楽しい生活が終わりを告げる、
素乃ちゃんに赤ちゃんができた。
船長もFUKKUのメンバーも喜んでくれた、
両親も親戚もいない船長に家族ができた。
バンドの脱退を申し出た、
武道館単独ライブの夢より、
家族と過ごす時間を選んだ。
メンバーも素直に、受け入れたのだ。


船長は小さな町工場で働き、
小さな家庭守っているのだ。


FUKKUは新しいボーカルを入れ
夢を追い続けているが、少しの変化が・・・
東海地方でのライブに、船長をゲストとして呼び
ツインボーカルで演奏、話題になっている。
観客も少しではあるが増えている。
船長はライブが終わると帰宅、
打ち上げにも参加せずに。


 「マスター、うちの子幼稚園、入園したよ。」
「写真見る〜、見たいよね〜、かわいいよ。」
酔いが回るとこれだ。

昔は喋ると、ジミィーペィジとかキース・リチャード。
ジョン・リー・フッカーよりジョン・ターナーがいい。
テレキャスターギブソン、マーチン、リッケン・バッカー?
音楽のことを延々と語っていたのに。今は…


「マスター!うちの子の写真見たいでしょ〜、マスター」
「あぁ〜見たいなー、見たい、見たい、
    世界を敵に回してでも見たいなぁ〜!」
梅林はあきれ顔で返事をする。子供の力は強いと思いながら。


「マスター、まだ秘密だけど、素乃ちゃんに二人目が
できたよ〜」・・・? 


「秘密じゃないジャン!!」

海老チリが取り持つ二人、海老で鯛を釣ったね。