柳ヶ瀬情話 第八話   著 関長下府生

 柳ヶ瀬情話 第八話   著 関長下府生

今日も今日とて「MATMAT」は、暇である。
カウベルが鳴らないくらいユックリとドアが開き、
顔だけニュ〜と覗かせ、「よっ!久し振りー。」
「おっ、センパチっー、帰れっ!!」
「またー、そんなことを言う。八ちゃんどうぞ座って。」
由紀美ママがやさしく向かいいれる。
「三十年来の友達でしょ。」ちょっと怒ったように、にらむ。


  そう、三十五年前マスター梅林が、友達を頼って
初めて務めた喫茶スズランの先輩、
と言ってもひとつ年下である。


年も近くすぐ友達になり、彼のウソつきに惑わされるのだ。
千に三つしか本当のことを言わない、千三つと
嘘八百を合せて、センパチ。


梅林は同居の友達、田岡と
早番、朝六時に喫茶スズランに出勤.

 しかし、センパチは岐阜調理師学校へ通っている。
だから、夕方5時出勤を毎日。
これがウソ!
岐阜調理師学校へ通ったのは、たった二ヶ月。
その理由も朝、起きれないのと、ギターの練習。
店の社長にもウソをつき遅番ばかりだ。


仲間みんなで飲みに行こうとすると、財布忘れた、
お金落とした、そこで会った、中学の友達にお金貸した、
さまざまな言い訳。
「ジャーお前だけ行くな。」と、みんながセンパチを
置いていこうとすると、
「あ〜、ポケットの奥に一万円札あったー、連れて行ってー」
良く言うよと、あきれ顔の仲間たち。


しかし、センパチ、ギターはうまい。
一時は事務所に入り、プロ活動をしてた。
が、歌が下手でクビになって また喫茶店にいるのだ。

  
  「センパチ珍しくギターケース持って、コンサートか?」
「うん、タム・コンの帰り。」
「あー そうだったな。俺、店あるからいけなかったな。」
タム・コンとは、スナック太夢多夢のマスター主催、
素人のフォークコンサートである。
十四、五人しか座れない小さな店に、ギター好きが
酒飲みながら、オリジナルを聞いてもらったり、
懐かしい曲歌うと言う。
しかし、何年も開催してないと聞いたが。


「昔からの仲間、みんな来てたよ、」
「猫手借舞(にゃんにゃこまい)でしょ、MOTOでしょ、メロディーラインも来てた。」
「へぇー、参加したかったな。」と、マスター梅林。
「猫手借舞(にゃんにゃこまい)は、何を歌ったの?」と、由紀美ママ。


「≪雪がすみ≫、≪小心者≫、≪最後の酒は太夢多夢で≫、≪女王様≫
≪夕暮れて≫、他にも色々やった、覚えてないや。」
「あっ、MOTOの≪人間模様≫はよかったな。」


 マスター梅林は、フォアローゼスの水割りを作りながら
「センパチ、おまえは相変わらず、≪四条河原町新京極≫か?」
「うん、梅ちゃんから預かった詩、
《ガッ・セイ今柳!》発表してきたよ」
「そうかー、できたか。聞かせてくれよ」
「後から、猫手借舞(にゃんにゃこまい)、MOTO、のぞくって言ってたから
その時でいいかな。」


「《ガッ・セイ今柳!》の作詞、
関長下府生って書いてあったけど誰?」


「当店、MATMATのお客様ですよ。
もちろんペンネームだけどネ。」


  カウベルがカランカラ〜ンとなり、
昔っからの仲間がドカドカと入って来た。
かなり懐かしい顔もある。
みんなギターケースを持っているので、
狭い店がますます狭くなった。


センパチはギター抱えて、マイクスタンドの前にいた。
「一番手歌います。《ガッ・セイ今柳!》」
ウオーと歓声が上がる。
「いいぞー、センパチ」  かなり酔っている奴もいる。


♪空を見上げりゃ金崋山 河をのぞけば鵜飼船  
♪消えそで消えない商店街
♪ガッ・セイ ガッ・セイ 今柳 ガッ・セイ
♪ガッ・セイ ガッ・セイ 今柳 ガッ・セイ
♪のぞいて見れば ばあさん走っている
自転車操業 岐阜競輪
♪井の口丼は 何者じゃ
♪ガッ・セイ ガッ・セイ 今柳 ガッ・セイ
♪ガッ・セイ ガッ・セイ 今柳 ガッ・セイ
  いつの間にか大合唱になっていた。

猫手借舞(にゃんにゃこまい)も唄っている、MOTOも唄っている、
昔っからの仲間も呑んでる、唄ってる、笑ってる。


一番笑顔で歌ってるのは、性格の暗いセンパチだ。
彼の曲でうけたのは、四条河原町新京極 以来だ。
顔いっぱいの笑顔、輝いている。
今夜のセンパチの笑顔に、嘘はないだろう。


暇な今の柳ヶ瀬、一夜限りの活気が戻ってきたようだ。
ガッ・セイ ガッ・セイ 今柳 ガッ・セイ!!!